日時: 2022年10月22日 土曜日 18:30~ 開場
19:00~ 上映開始 20:45~ 終了予定
場所: 中央区立環境情報センター 研修室1
定員: 20 名 程度
入退室自由 入場無料 飲食不可 マスク着用
大の鉄道ファンだった故畑暉男氏が撮影された中から、歴史的にも貴重な蒸気機関車の映像作品を上映します。
あらかじめ関係者にご連絡頂くか、Webサイトからのイベント申し込みをお願いしております。
お申し込みは… → こちらからお申込み下さい。(イベント参加フォームが開きます)
締切ました
~感染症対策へのご協力をお願い致しております~
- 参加者全員に氏名及び連絡先の提出をお願いしております。(環境情報センター利用時の感染拡大防止対策による)
- 37.5度以上の発熱のある方。風邪のような症状がある方は参加をお控えください。
- マスクを着用し、ご来場中の飲食はご遠慮ください。
★上映作品(予定)★
■第一部■
●お召機 C57 1 1967/カラー/16分
8mm→DVD-Video / モノラル
撮影日時=1972年4月 (1972年5月21日前後?) 撮影地=新津 村上(羽越本線)
1972年に新潟で行われた「全国植樹祭」に向かうお召列車。羽越本線での蒸気機関車でのお召列車はこれが最後となった。
(ホームムービーの日 in 京橋 2019 上映)
●雪の重連 1969・1970/カラー/8分
8mm→DVD-Video / モノラル
撮影地=塩谷、長万部、二股、倶知安、小沢、大沼 登場機=C62-2
函館本線はかつて東海道の特急を牽引したC62が70年代に入っても健在だったことで人気が上昇した。ましてや栄光の勲章ともいえる、つばめのメダルをデフにつけたC62-2号機の活躍はこの線区の人気をあおった。しかも函館線の山線は勾配がきついため重連で全力疾走。その音はジェット機そのものだった。話を聞いたその瞬間を見て以来この路線と機関車に魅せられた。銀世界をねらって何回目かの挑戦だが、わたしにとっては最も気に入った作品であり自信作でもある。
●さようなら玉電 昭和44年(1969)/カラー/7分
8mm→DVD-Video / モノラル
昭和44年に廃止になった玉電は、渋谷~二子玉川と二子~砧を走っていた砧線。この時から三軒茶屋~下高井戸となり東急世田谷線と改称した。本年は(DVD製作当時)創業100年を迎えた。映像には渋谷駅、そして二子玉川駅の光景が見られる。70形・80形・150形・200形と当時活躍した車両も全車登場する。
==================
■第二部■
●小さな働きもの(台糖線) 1971カラー/9分
8mm→DVD-Video / モノラル
撮影=1971年3月 撮影地=嘉義・北港・虎尾・梺頭
北回帰線を中心に南北に延びる製糖会社の路線は3000キロにも及ぶと言われた。クモの巣のように張られた762ミリのゲージの営業路線だけでも600キロを超え、機関車の保有数も300両に達した。だが製糖は台湾の重要産業の一つとあって業務内容はベールに包まれたまま80年代初頭に営業路線を廃止した。この映像はその最盛期の機関車の姿である。
●ATLANTIC復活 1985/カラー/15分
8mm→DVD-Video / モノラル
1985年はベルギー鉄道150年祭。ドイツとすべてが重なり人気は今ひとつだが、アトランティクの復活には強く魅かれた。12型は1938年に製造された車軸配列2-B-1(アトランティク)の流線大型機。動輪2100ミリ。1939年にも6機が勢ぞろいした。オステンド~ブリュッセル間(115キロ)を250トンの客車を牽いて1時間で走る計画であったが第二次世界大戦の勃発で中止。戦中は軍用列車牽引で活躍。戦後は電化という不運が巡り高速で疾走する姿を見せることなく1950年代に博物館入りした。今回の復活運転(1985)は25年ぶり。
==================
■第三部■
●去りゆく2005(2005 FC忘年会) 2005/カラー/20分
(多分)ミニDV→DVD-Video / モノラル
2005年12月27日に行われた忘年会の映像(未編集)。大部分が畑暉男さん撮影であるが、誰(自分?)が撮影したのか御本人も沢山写っている。当時名誉館長をしておられた岩波ホールの故高野悦子総支配人のご挨拶、映画史家で多数の小津映画の著書を残された故田中眞澄氏も映像に残っている。
本日はご来場頂きありがとうございました。